熊崎 実
筑波大学名誉教授

生物燃料と化石燃料

 もともとバイオマスというのは生態学の用語であって一般に「現存量」と訳されている。平たく言えば「特定の群落に存在する有機物の総量」のことだ。単位面積当たりの乾物重量で示されることが多い。これが最近になって再生可能なエネルギー源として脚光を浴び、「太陽エネルギーを貯えた種々な生物体の総称」とか「動植物に由来する有機物であってエネルギー源として利用できるもの」といった定義が与えられるようになった。

 もちろん石炭や石油も生物起源である。遠い昔の生命体が化石化した化石燃料と、つい最近まで生きていた生物燃料、つまりバイオマスとはどこが違うのか。表1を見ていただきたい。バイオマスの代表である木材の燃料特性を石炭、石油、メタン(都市ガスの主成分)のそれと比較したものである。肝心の熱量で見ると、絶乾木材1キログラムの高発熱量は20メガジュール(MJ)で、石炭の2/3、石油の1/2といったところだ。
注1:石炭と石油の発熱量はイギリスで使われているものの平均、メタンのそれは加圧されたものの平均、木材は絶乾のものの高発熱量である。
注2:原子記号:C(炭素)、H(水素)、O(酸素)。 J(ジュール)は、エネルギー、仕事、熱量の単位。 M(メガ):106(100万)、E(エクサ):1018(100京)。
(1)引用文献:J.Ramage and J.Scurlock: Biomass. In: G.Boyle ed. Renewable Energy, Oxford University Press, 1996

 発熱量の差は、それぞれの燃料の元素組成で説明できる。熱の生産にかかわるのは炭素と水素だけだが、化石燃料は基本的に炭化水素であるのに対し、木材は炭水化物からできていて酸素が多く含まれている。化石燃料の場合は、何千万年、何億年にもわたる化石化の過程で、当初の生物体に含まれていた酸素が、すっかり抜けて、理想的な燃料に変化したのである。そのうえ、石油や石炭は特定の場所にまとまって埋蔵されているから、比較的安いコストで大量に採取できる。地球上に薄く広く分布し、大量集荷の難しい木や草のバイオマスとは対照的だ。

化石燃料に頼る高度工業化社会の危うさ

 人類が火の使用をおぼえて以来、バイオマスは最も重要な燃料であった。今日でも一部の熱帯の諸国では、薪や木炭が主要なエネルギー源となっている。ただ、こうした木質燃料が調理や暖房に効率的に使われてきたかというと、必ずしもそうではない。木材に含まれているエネルギーのうち有効な熱に変換される割合は、平均で数パーセント、高くてもせいぜい十数パーセントであったろう。そのうえ湿った木材を室内で燃やすと煤煙などで空気が汚れ、健康上の問題があるし、かまどなどでうまく燃焼させようとすると結構手間がかかる。電気やガスが普及するにつれて、木質燃料の消費が減るのは当然の成り行きであった。

 わが国でも1960年代あたりから木質燃料が徹底的に駆逐され、化石燃料の大量消費時代に突入する。その結果、高度な工業化社会が実現することになったが、現在のわれわれの社会が真に持続可能なものであるかどうかについて、疑念が深まりつつある。その疑念とは次のようなものだ。

(1) 地下に埋蔵されている化石資源の量は限られていて、現在のような大規模な採掘が続けば遠からず枯渇する。
(2) 化石燃料の多くは地球上の一定の地域に偏在しているから、需給が逼迫するにつれて、各国のあいだの争奪戦が激しくなるのは避けられない。
(3) 化石燃料の燃焼にともなって発生する二酸化炭素が大気中に滞留して、温暖化といった地球規模の気候変動をもたらす可能性が強い。また太古の生物が地下に埋まっているうちにイオウやチッソのような物質が付着し、化石燃料を燃やすと酸性降下物で大気や大地が汚染されるという問題も生じている。